終戦の日に思うこと

今年も8月15日(終戦の日)を迎えました。

 67年前のこの日、日本は、世界の沢山の国を相手に
 
 続けていた戦争に負けたのです。


 お昼の12時、お寺の鐘を撞きました。

 7月9日、8月6日、8月9日、そして15日。

 空襲、原子爆弾、そして戦争に駆り出され、

 日本を遠く離れた島や大陸で、

 命を落とさなければならなかった多くの方たち。

 日本人だけでなく、戦争によって亡くなった

 すべての方たちのことを想い、 鐘を、鳴らしました。


 私は、終戦から8年後に生まれたので、

 もちろん戦争体験は ありませんが、 

 両親は、生々しい体験をした世代です。

 父の、海軍の水兵姿の古い写真を見たことがありますが、

 父の口から、その体験を 聞いたことはありませんでした。

 もっと、色々聞いておけばよかったとも思いましたが、

 本などで、その兵隊生活の、すさまじい厳しさ、

 上級者からの 暴力、いじめなど読むと、娘には、とても

 話す気持ちになれなかったのだろうと、思っています。

 母は、大阪で、都市部の空襲の悲惨な状況を

 目の当たりにしたそうです。

 
 
 67年が過ぎて、戦争の記憶の風化が心配です。

 現に、若い世代は、8月15日が、何の日か知らない人が

 大勢いるのです。まして、

 12月8日(1941年)に、太平洋戦争が始まったことなど、

 知らない人のほうが 多いのではないでしょうか。


 8月15日は、お盆。

 12月8日は、成道会(お釈迦様が悟りを開かれた日)。

 いずれも、仏教にかかわりの深い日というのは 

 偶然かもしれないけれど、これからもずっと

 私の命が、そしてこの社会が、どういう歴史の上に

 今、あるのかを忘れないために、この日付を

 胸に刻んでおきたいと思います。


    『千万の いのちの上に 

      築かれし たいらけき世を 

              生くる かなしさ』

           (西本願寺 前裏方 大谷嬉子 作)

by 1000nog | 2012-08-16 11:46 | ☆お庫裏さんのひとりごと
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