托鉢

今日おまいりにうかがったお宅でのこと。
孫さんが帰ってこられて、

「さっき知らん人が、隣の玄関の前で3人でお経読んどった!
 不気味やった~」

どうやら、近所を禅宗のお坊さんたちが托鉢にまわっておられたようです。
不気味やった~というのも、正直な感想ですね…

「昔は、日蓮宗の人が太鼓叩いて歩いとりゃーした(歩いておられた)し、
 ご詠歌を読んでな行かっせる(読んで行かれる)グループもあったし、
 冬は禅宗のお坊さんがきんさった(来られた)もんやで。
 さみぃーに(寒いのに)ご苦労さんってな、お布施さしてもらったもんやわ。
 今はそういうの少ないし、知らん人(ジンと読む)が多なったんやな」

つい何十年か前までは、身近なところに、いろんな宗教がありました。

お坊さんが町を歩いているのが、普通の光景だった時代。
みんなホントに貧乏だけど、できる範囲の布施をした時代。


私たちの、何かに対する感覚や反応、記憶。
その変化(断絶とも言える)が本当に大きいです。

ずうっと昔から続いてきて、
上の世代の人にとって当然でも、次の世代には奇妙ですらあるもの。

その中に、宗教も入っているんだな、と痛感させられた場面でした。


昔ながらの、世代を超えて共有できる感覚・言葉・雰囲気。
こういうものが無くなったら、こんな寂しいことはありません。

日常の中で、
季節や、音や、匂いなどと一緒にまじりあって積み重なっていくもの。
すごく、すごく大事です。

自分にできることを考えさせられました。
by 1000nog | 2012-08-27 16:59 | ☆若さんの右往左往
<< 人生のかたち オキナワナイト >>