カテゴリ:☆今月の言葉( 39 )

2月

法の道 慈光あまねし み仏の
 
幼子われは抱かれてゆく    広島県 藤岡 あや



幼子の 合す両手の ぬくもりは

慈悲の力と 念仏の声      大阪府 荻野 藤


幼子の まつ毛の尖りに 夏蝶の

とまりおるような法のみひかり  富山県 畠山 美苗


若き僧 幼子抱き 合掌す

御堂イチョウの 木陰に立ちて  岡山県 久保田 政栄


小さな手 お念仏にてあけくれし

母の日々こそ 子等に流れて   石川県 足達 つや能 



         平成25年 御正忌報恩講 御法楽献詠入選歌

              兼題 「幼子」 おさなご
by 1000nog | 2013-01-31 10:37 | ☆今月の言葉

2013.1月

今年も完走めざして


 スタートを切った2013年は、どんな難関コースに

 なるのかわかりませんが、ゴールした時の自分、

 目標を達成した時の自分、

 誰かのために走る自分を想像し、

 今年も一緒に完走を目指しましょう!


   大乗 1月号  奥野 史子さんの文章より
by 1000nog | 2012-12-31 16:20 | ☆今月の言葉

12月

一度のちかひが一期のちかひなり

一度のたしなみが一期のたしなみなり

そのゆえは、そのままいのちおはれば、

一期のちかひになるによりてなり



      蓮如上人の言葉
by 1000nog | 2012-12-09 16:07 | ☆今月の言葉

11月

 囁(ささや)きたもう

  なやみはなきや なやみはなきや

  そのひとは ささやきたもう

  なやみこそ なやみこそ

  このよをいとう じょうどへの

  みちしるべなる

  かなしみの なをたたしめん

  ねぶつ(ねんぶつ)せよ ねぶつせよ

  ねぶつのともら


   仏教讃歌 「囁きたもう」

         作詞  米沢 英雄
         作曲  平井 康三郎
 
by 1000nog | 2012-10-29 19:26 | ☆今月の言葉

10月

震災を通して出会いと絆を重ねてきた。私たちはつらい経験をしたが、これから未来を
築いていく子どもたちに被災地の現状、震災から学んだことを伝えていきたい。
南三陸の人は、海・里・山から豊かな恵みを分けてもらい暮らしてきた。
多くに命や生活を奪った海は憎いが、それでも愛していかなければいけない。

            被災地の夫妻の言葉  大乗10月号より
by 1000nog | 2012-10-02 13:45 | ☆今月の言葉

9月

産卵を終えると間なしに鮭は息絶えます。一年草は、花を咲かせて種ができると枯れます。
このように、生きものは繁殖を終えれば死ぬというのが、自然界の掟です。
ところが、人間は、食糧事情がよくなったこと、衛生環境が改善されたこと、
医学の発達などが相まって、繁殖を終えて生きものとしての賞味期限が
切れてからも、うん十年生きるようになりました。
これは、一説には、人間とゴンドウクジラだけということです。
  中略
「還り」の人生においては、いやでも「老」「病」「死」と向き合わなければなりません。
基本的には、「老」には寄り添ってこだわらず、「病」には連れ添ってこだわらず、
「健康」には振り回されず、「死」には妙にあらがわず、医療は限定利用を
心がけることが大切です。
生きものとしての賞味期限の切れた後の重要な役割は、「老いる姿」「死にゆく姿」
をあるがまま後続者に「見せる」「残す」「伝える」ことにあります。
また、自分の都合で勝手に生きているのではなく、諸々のおかげを蒙って
生かされていることに気づき、その「縁」を大切にするように心がけましょう。

   中村 仁一 著  「大往生したけりゃ医療とかかわるな」より
                         幻冬舎新書

             社会福祉法人老人ホーム「同和園」付属診療所所長 医師
by 1000nog | 2012-09-03 15:48 | ☆今月の言葉

8月

「如 是 我 聞」


お経は「如是我聞」から始まる

古代インド語経典の

「このように私は聞いた」の漢訳で

「我聞如是」ともいい

仏教経典の冒頭にある定型句である
    
    (中略)

「如是」は、聞かせて頂いた教えに

信順することで、「我聞」は

聞いたことを信じて疑わないことを示す

だから「如是我聞」は

「このとおりに、私は聞かせて頂いた」

と訳すべきか
      



     大乗7月号 辻本敬順師の文章より

by 1000nog | 2012-08-01 08:00 | ☆今月の言葉

7月

人間すべてが、

「自分中心にものを考え 自分中心に行動する」

動物的おそろしさを持っていることを、知らされます。

悪人とは、我々一人ひとりのことを言うのであり、

もっと突き詰めていけば、

いつの時代でも、人間である限り、

意(こころ)で悪を犯さぬものはいないのですから。

「人間そのものが悪人」ということが知らされます。

         ――― 中略 ――― 

どうしても、悪を犯して生きていかざるをえない、

自分中心にしかものを考えることができない、

この私の救いを、あきらかにしてくださったのが、

親鸞聖人の、悪人の救いであります。

                 


           めぐみ2012年夏号

           
         三宮亨信(さんのみやきょうしん)師の
         文章より

by 1000nog | 2012-07-01 08:00 | ☆今月の言葉

6月

自然物としての人間は、

決して孤立して生きられるようには、

作られていない。

このため、助け合うということが人間にとって、

大きな道徳になっている。

助け合うという気持ちや行動の、

元の元はいたわりという感情である。

他人の痛みを感じることと言ってもいい。

やさしさと言いかえてもいい。

「いたわり」

「他人の痛みを感じること」

「やさしさ」

みな似たような言葉である。

  
 (中略)

この根っこの感情が、

自己の中でしっかり根付いていけば、

他民族へのいたわりという気持ちも湧き出てくる。

君たちさえ、そういう自己を作っていけば

21世紀は、人類が仲良しで暮らせる時代に

なるのにちがいない。

    

      司馬遼太郎 
           
  「21世紀に生きる君たちへ」より
by 1000nog | 2012-06-01 08:00 | ☆今月の言葉