カテゴリ:☆住職のつぶやき日記( 38 )

ああ・・献血

今日、久しぶりに新岐阜近くの献血ルームへ足を運びました。

数年ぶりの成分献血のつもりでした。

学生の時から30回あまりですが、(年に1回たらず)自分の健康のため、

続けてきたのです。

(400CC献血、もしくは成分献血をすると、あとで詳しい結果を送付してくれます)

前もってのチェックというか自己申告の手続きを、パソコンの画面上などで

行う必要があります。以前より時間も手間もかかります。

  自分で気づかないうちにHIVウイルスに感染し、献血で他の人に

  うつしてしまった事件が、つい最近の報道でありました。


次に、医師に面接し、血圧測定や問診があり、咳が少し出るというと、

熱を計れと言われる。・・・37度

微熱があり、今回は献血を見送れと言われ、帰ってきました。

 (初めての場合や数年ぶりの時は、このほかに心電図の検査も必要)


「わざわざ時間を作って、新岐阜まで来たのに・・」そんな残念な思いと、

どこかに「せっかくしてやろうと思ったのに・・」という驕りの気持ちが

渦巻きました。


事故やトラブルを避けるためには、より詳しいチェックが必要です。

若い世代には、献血への理解と協力がもっと必要だと思います。

しかし、今日の経験からいうと、あそこまでの煩雑さに、はたして

若い人たちは耐えてくれるのか・・・と、心配になります。


献血の未来に、不安がよぎります。
by 1000nog | 2013-11-28 14:55 | ☆住職のつぶやき日記

自転車に思う

自転車に関係する事故が多発しています。

以前から思っているのですが、事故が起きて当然です。
自転車は軽車両といわれ、道路の左側を通行するものです。
しかし、右側は走る、一旦停止はしない、イヤホンで音楽を聴きながら
走る、また最近では携帯のメールを打ちながら、などという
若い人まであり、わたしの周りでもぶつけられたという人が
かなりあります。
それは犯罪であり、単に不注意だったとはいえないでしょう。

また、高齢者や女性(おばちゃんやおばあさん)に多いのが
危ないと思ったり、不安に思うと、ブレーキで止まらず、
足をバタバタさせてその場で降りようとする人。
とっさの時は、前後のブレーキをバランスよくかけて
キッと止まることが大切なはずです。足をつくのはその後。

以前にフラフラと走ってきた自転車を見て、これは危ないぞ・・と
思い、クルマを止めたら、その女性はブレーキもかけず、
あーあーと言いながら私のクルマの横側にぶつかってきたことが
ありました。それも、わたしのほうに責任があるかのような顔を
するのです。あきれました。

身近で便利な乗り物です。
エコノミーで、これからの時代にもっと進化していくことでしょう。
しかし、歩くより楽だから・・買い物をして積めるから・・という
ことだけで利用するのは、やめてほしい。
正しい乗り方を理解し、実践しなければ、事故は起こって当然でしょう。
自転車や歩行者は、なにをしても守られる存在なのではないはずです。

私自身、あと2年で高齢者と呼ばれてしまうのですが、
他人ごとではありません。
by 1000nog | 2013-10-29 11:49 | ☆住職のつぶやき日記

10月

最近、バイクのリタ-ンライダ-が増えているらしいですね。

道の駅などでよく見かけます。それも多くがビッグバイク。

いわゆるナナハン(750CC)以上の、存在感のあるものです。

バイク・・いやモ-タ-サイクルの楽しみはいろいろあるでしょうが、

わたしは、あの音と振動が魅力だと思っています。

30を過ぎて中型の免許を取りに行き、スク-タ-に乗るはずが

バイクを何台か乗りました。

そして何を隠そう、昨年からやはりリタ-ンライダ-の仲間に

なったのでした。250CCの小型のものです。

60を過ぎて、今から?と言われそうです。

なかなか時間も取れず、休ませているばかりですが、たとえ

日帰りのツ-リングでも、いやコ-ヒ-を飲みに行くだけの

時間でも、風と友達になるのです。
by 1000nog | 2013-10-02 20:25 | ☆住職のつぶやき日記

スリ-プ?

数日、お休みをいただきます。
by 1000nog | 2013-08-28 15:18 | ☆住職のつぶやき日記

追伸

7月22日(月)

  18日に内孫が誕生しました。

  専応寺では70年ぶりの女の子です。

  まだ産院・・いやレディ-スクリニックにいますが

  母子ともに元気です。

  若院(若さん)にソックリ、ですよ。


  昨年には次男のところに男の子が生まれ、

  来月には誕生日を迎えます。

  この子がまた、かわいい盛りです。


  赤ちゃんをだっこしてみて、その重さや温かさ、

  軟らかさに触れ、ああ、みんなこうして可愛がられ、

  大切にされ、おとなになったんだな・・と思います。

  いや、おとなこそ赤ちゃんに、やさしい心や温かな

  気持ちを、思い出させてもらっているのでしょう。


    誕生・・ありがとう。
by 1000nog | 2013-07-22 14:26 | ☆住職のつぶやき日記

7月 金色に輝く

昨晩(5日)、岐阜別院本堂で「ごえん塾」の第2回が

開催されました。橘宗会議員を支援する顕正会が

企画、開催するもので、広く一般にも呼びかけています。

昨日は勧学寮頭の徳永 一道師をお招きし、

「ものみな金色に輝く」と題して、お話いただきました。

阿弥陀仏のご本願の、第1願にあるもので、

(悉皆金色の願)

わたしもあなたも、そしてゴキブリも、すべてのものが

願われ、金色に輝いている・・というお話でした。


そう見てくださるお慈悲があるのに、

わたしは好き嫌いが激しく、自分の物差しが

狂っていることも認めようとせず、大筋で間違ってはいない・・

とふんぞり返っているのです。


そんな指摘がわたしにあろうものなら、その相手の問題点を

すぐに探し出すことは得意なのです。

お互い凡夫だから・・とそんなところで落ち着いてしまう。

いや、自分さえもごまかし、だましたつもりで幕を引く。


本当の意味で、恥ずかしいとは思っていないのです。

そんなわたしを、捨てることができないと言ってくださる方がある。

今も呼び続けていてくださる方がある。
by 1000nog | 2013-07-06 14:16 | ☆住職のつぶやき日記

欲だらけ

今年はすでに梅雨に入りました。例年より11日も早いとか・・

まったく異常が当たり前になってしまいました。


アベノミクスとやらで株価が上がり、円はドルにたいして

100円となっています。都合のいいこともあるでしょう。

景気がよくなる・・みんながお金を使うようになる・・

本当にそうならいいのですが・・

私も含めて、人間は本当に欲の深い生きものです。

以前に大変な目に会っていても、また腹の欲望が

動き出すのです。

どれだけあっても、必要が無くても、ほしい。

いや、あればあるだけ、欲はよけいに膨らむようです。

そんな自分と、どう付き合っていけばいいのでしょうか?
by 1000nog | 2013-05-31 17:00 | ☆住職のつぶやき日記

家族葬?

しばらく前から、「家族葬」という名の葬儀をよく耳にするようになりました。

東京などの大都市からはやってきたものですが、

岐阜で言う家族葬とは、家族だけでつとめるのではなく、

親戚や親しい友人には連絡し、町内と仕事関係は

通知しない、という形です。

お付き合いの範囲を小さくしたい、ということなのか、

また、経済的なこともあるのか、ここしばらくの間に

全国的に広まったようです。

しかし、です。

わたしが今日まで生き、生かされてきたさまざまのご縁、

支えてくださった多くの方々・・・ひとりの人間が

何十年の人生を生きる、ということはその恩恵を

受けてきた、ということではありませんか。

たしかに葬儀には種々の問題や、変えていかねばならない

こともあるでしょう。

でも、大切なことを知らないふりをしたり、

なんでも簡単にすます、という生き方には賛成できません。

人と人とのつながり、ご縁、それを狭めてわたしたちは

どこによろこびを見つけようとするのでしょうか。
by 1000nog | 2013-05-01 21:43 | ☆住職のつぶやき日記

カウンセリング

カウンセリングにおいては、悩んでいる人が

その悩みを「話す」ことは「放す」、

すなわち気持ちを解放するということに通じます。

また相談を受ける人が話を「聞く」ことが、

悩む人にとっての「効く」に通じるのです。

薬が「効く」ように、話を聞いてもらって

気持ちが解放され、心が癒されて

悩みの解決に効果があるということです。

だから話を聞く側は、効果のある聞き方を

しなければなりません。

これがカウンセリングの極意です。



 これは友久 久雄さんの「生き方 死に方」(本願寺出版社 刊)

 の中の文章です。

 聞くこと、話すことは、当たり前のように考えていましたが、

 自分の思いを話すことは得意なのに、相手の話を一方的に

 ただ聞くということが、いかに難しいことか・・・


 医師であり、そして僧侶である友久さんの言葉だけに、

 厳しく突き刺さります。

 
by 1000nog | 2013-03-31 20:43 | ☆住職のつぶやき日記

高齢社会

昨年の(平成24年)ご門徒の葬儀のうち、9名の方が90歳以上の

高齢者でした。いまさらながら高齢化、ではなく高齢社会に

なったことを実感させられました。

90歳がめずらしくない一方で、その次の年代の葬儀も

あります。他人ごとではありません。

最近は、火葬場の窯の扉が閉まる時、

「ああ・・いつかは、自分もあの中に入らねばならない」と

思うと、ぞっとするのです。それも、もう時間がない。

10年あっても、20年あっても同じことです。


「今月の言葉」のコーナーで紹介しました、友久 久雄さんは

浄土真宗の僧侶であり、児童精神科医でもあります。

「生き方 死に方」のなかで、

   元気な時に「死」について考えることの大切さを

   つくづく感じます

と述べておられます。


自分の人生、生き方、死に方・・・考えてみませんか。
by 1000nog | 2013-03-01 15:40 | ☆住職のつぶやき日記